園のこだわり

☆過干渉?! それとも 地域で支える?!☆

2012.07.31

 「昔はよかった。子ども達の遊び場にできる原っぱや空き地があちこちにあった。」こんな言葉を聞いたことはありませんか?

 昭和40年代位までは、そんな言葉通りの風景がありました。ちょっと歩くと、トトロよろしく、夏は今よりも もうちょっと濃い青い空と緑に映え渡った見渡す限りの田んぼや畑。それらの葉を揺らす風が渡っていくのが見えるそんなのどかな風景があちこち(諏訪泉神社の周辺や西小学校の西側・北側辺り)にありました。 もちろん整備されていない側溝も多く、用水路等もあり、危険とも隣り合わせでした。

 小さい頃から用水路を見ている私にとっては、そこには大量の水、早くて水底から生えた草をゆらゆらとゆらし、それがまるでお化けのように見えたりして、子ども心に恐い! 近づいてはいけない! と、思ったものでした。 (でも、肌で感じる身の危険って、今の子ども達はどこでするのでしょう?  一体どこで危険感知能力を磨くと思いますか? いい世の中ですけれどもね。 もしかしたら、 怪我をしてしまった後でしょうか?)

 

 田んぼのあぜ道やちょっと怖そうなうす暗い神社、草を縛ってトラップをしかけたり、擦り傷や切り傷、多少の打撲であざを作っても、名誉の負傷(?!) 冒険心盛んな子ども達にはそんなことは日常茶飯事でした。

 塀から出ている釘に服ばかりでなく腕や足も引っかけてしまったり、板塀を触ってトゲを通したり、瓦から出ている針金を触って怪我をしたり、資材置き場に入って転んだり・・・。大人が危険だから・・と言われているところで誰かが怪我をしたらかばいあったり。 そして、年上の子が怒られてみたり・・・。

 大人もそんなに目くじらを立てず、不注意で怪我をしたとしても痛いのは自分持ち、次からは学習して痛い目に合わないように自分で自分に気をつけなくっちゃ! と言い聞かせるわけですから。 それ以上は言わなくても・・・。と、思うわけです。  大人もそこは子どもを信じている、いい時代だったように思います。

 あれは何歳ごろの事だったのでしょう? いろんな年齢の子が集まっていました。 (年長さんから小学校3・4年生あたりかな?)  そして、子ども達は今ほど大人の視線に縛られることなく、もっと自由だったように思います。  治安の問題でしょうね。

 

  ところで、ある程度の年齢になったら、小さな冒険心から来る小さな怪我は付きものかもしれません。 それは、触った感触を確かめて素材の特性を知ったり、このくらいの高さ・硬さ・デコボコ・傾斜・速さなど自分の体をコントロールしたり、感覚を磨く発達途上では、結果そうなってしまうかもしれないということ。  小さな怪我の痛みを知っている子ほど大きな怪我を回避しようとする意識は高いという統計も出ているそうです。  容易に納得できますね。  でも今は、小さな痛みを知らない子が急にカッターなんかを振り回して事件化してしまうらしく・・・。 体験による学習の機会が奪われている結果とも言えるでしょう。

 

 「冗談でしょ?」「できるものならば痛い目には合わせたくない」「かわいそう」子どもを守りたい親御さんからしたら黙って見ているのは耐え難い苦痛かもしれませんので、そう言われる方が多いかもしれませんが、(怪我をしろというのではありません。結果としてそうなってしまうかもしれない。ということです。) 好奇心の塊のような子ども達です。親御さんたちにはデンとして構えていてもらいたいのです。 それとも、体験による学習の機会を奪ってしまっている・・・と聞いたら? あなたはどちらを選びますか?

 実は、そんな方にこそ、ご自分が小さかった頃を思い出していただきたいのです。 大人が見ていない時の解放感。 子ども達だけで自由に遊んでいる時こそが、主体性を持ってどれだけ生き生きとしていたことか。 自分で決めて自分でやった結果、してしまった多少の怪我は、責任もきちんと自分でとっていたのではないでしょうか? 子どもが自然と責任の取り方を学習する経験は、とても貴重な経験なのではないでしょうか? 

 

 昔に比べたら今は治安が悪くなっているから、そんな風に子ども達を野放しには遊ばせられないわ! ・・・ そう思った方も多いと思います。

でも、そんな自由に遊べる場所があったら・・・。 子ども達は伸び伸びといろんな体験をして、責任もとれるようにだんだん学習して・・・。

  大人がそろそろ重い腰を上げて地域で考えてみる頃に来ているのかもしれません。 

 それとも、保育園がそういった子ども達の集団の学びの場として変わることを求められているのかもしれません。

 どちらにしても、そうなったその時に、あなたはデンと構えて「可愛い子には旅をさせろ」の如く、多少の怪我にも「だいぶ冒険できるようになってきたんだね」と声を掛けてあげられますか?

  「親〇(何)年生」として成長していく中、ちょっと真剣に、考えて頂けますでしょうか?

 

 

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